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札幌地方裁判所 昭和60年(ワ)1319号 判決 1988年6月23日

原告

太田勝久

右訴訟代理人弁護士

浅野元広

外一一九名

被告

右代表者法務大臣

林田悠紀夫

右指定代理人

榎本恒男

外四名

主文

一  被告は原告に対し、金六〇万円及びこれに対する昭和五八年一二月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項にかぎり、仮に執行することができる。ただし、被告が金四〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する昭和五八年一一月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱の宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は、札幌弁護士会所属の弁護士で、訴外被疑者甲野太郎(以下「被疑者甲野」という。)及び同乙野次郎(以下「被疑者乙野」といい、被疑者甲野と被疑者乙野を合わせて「被疑者両名」という。)の贈賄被疑事件(以下「本件被疑事件」という。)の弁護人であつたものであり、昭和五八年一一月二一日(以下原則として、昭和五八年一一月についてはその記載を、同年一二月については年の記載を省略する。)から二六日までは右被疑者両名について、被疑者甲野の子息である甲野一郎(以下「一郎」という。)の依頼により、弁護人となろうとする者の地位にあつたものである。

(二) 訴外検察官A(以下「検察官A」という。)は、札幌地方検察庁検事として、被告の公権力の行使に当る公務員であり、その職務として、本件被疑事件の捜査及び被疑者勾留の職務を遂行していた。

2  事実経過

(一) 被疑者両名は、一七日贈賄容疑で逮捕され、一九日代用監獄である札幌方面白石警察署(以下「白石署」という。)に勾留され、二八日に勾留期間の延長がなされた。

(二) 原告は、以下のとおり、勾留場所である白石署に赴き、被疑者両名の弁護人あるいは弁護人になろうとする者(以下「弁護人等」という。)として、接見の申入れをした。しかし、被疑者両名の勾留の指揮を掌る検察官Aは、本来自由な原告と被疑者両名との接見交通を、以下のとおり妨害又は拒否した。

(三) 二一日の接見妨害

(1) 原告は、二一日の午前九時すぎころ、白石署において、同署留置担当者に面会し、自分が札幌弁護士会所属の弁護士であり、被疑者両名に弁護人選任の意思を確認するため来署した旨を告げ、直ちに被疑者両名と接見させるよう申し入れた。その際、被疑者両名は、取調べもなく留置場に在監していた。

(2) しかし、右留置場担当者は、検察官Aから一九日付で白石署長あて、「捜査のため必要があるので、右の者と、弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者との接見又は書類若しくは物(但し日用品・衣類・食料品を除く)の授受に関し、その日時、場所及び時間を別に発すべき指定書(以下「具体的指定書」という。)のとおり指定する。」との接見に関する指定書(以下「一般的指定書」という。)が発せられているので、具体的指定書がなければ接見を認められない旨述べて、原告と被疑者両名との接見を直ちには認めなかつた。

(3) 原告は、白石署から、検察官Aに電話し、弁護人選任手続のため接見させるよう申し入れたが、同検察官は、具体的指定書を発行するので札幌地方検察庁(以下「検察庁」という。)まで受領に赴くよう求め、受取りに来なければ接見させないとの返答であつた。原告は、当日午前一〇時から裁判期日が入つていることを告げ、電話で接見を了解するよう求めたところ、検察官Aは、今後具体的指定書を持参するよう要求したが、原告は、電話で事前に連絡はするが、その余は適正手続に従う旨回答した。

(4) 検察官Aは、右電話でのやりとりの後、白石署留置担当者に、弁護人選任手続のため原告を被疑者両名に各一〇分間接見させることを指示し、その結果ようやく原告は被疑者両名に各一〇分間のみ接見することができた。

(5) なお、原告は、同日被疑者両名と接見したが、弁護人選任については、被疑者両名の所属する札幌清掃企業組合(以下「組合」という。)の了承を受ける必要があることが判明したので、この時点では弁護人選任届の署名押印を得るには至らなかった。

(四) 二二日、二三日の接見拒否

原告は、二一日の夕方組合から弁護人選任の了承を得ていたので、被疑者両名の弁護人選任届を得るため、二二日午後一時ころ、検察官Aに電話をし、原告において同日夕方か二三日に接見をしたい旨申し入れた。しかるに、検察官Aは、二二日夕方は現実に被疑者両名の取調べがなされなかつたにもかかわらず、その身柄がどういう状況にあるかについて調査もなさずに、終日取調べを予定していることを理由としてその接見を拒否し、二三日の接見も祭日であることを理由に拒否した。

(五) 二五日の接見妨害

(1) そこで、原告は、日程上二四日が東京出張で接見が不可能であつたので、二五日の接見を求めたところ、検察官Aの回答は、「二五日であればいつでもよい。」とのことであつたため、原告において、二五日午後二時から接見することを告げ、同検察官もこれを了解した。

(2) 原告は、二五日午後二時、右合意に基づき白石署において接見を申し入れた。右の時刻、被疑者両名と原告の接見によつて、捜査上なんらの支障も生ずることはなかつたにもかかわらず、検察官Aは、被疑者両名の身柄や捜査の状況を調査することもなく、「接見指定時刻は午前一一時である。具体的指定書を受取りに来ないのは接見交通権の放棄をしたものとみなす。」旨述べて接見を拒否した。原告は、検察官Aに対し、一般的指定書が検察官の主張するように内部事務連絡文書であるならば、原告において具体的指定書を受取りにいく必要はなく、検察官からの留置担当者に対する電話による具体的指示で足りるから、この場で接見の具体的指定をなすよう求めたが、検察官Aはこれに応ぜず、一方的に電話を打ち切つた。

(3) その結果、原告は、同日午後二時から予定していた被疑者両名との接見を実現することができなかつた。

(六) 二六日の接見妨害

(1) 二五日午後四時ころ、原告は、一般的指定を理由とする接見拒否を是正するため、札幌地方裁判所に対し、接見に関する一般的指定取消しの準抗告の申立てをし、同裁判所は、二六日午前一一時三〇分、同裁判所昭和五八年(む)第九九九号、第一〇〇〇号準抗告申立事件について、被疑者両名に係る検察官Aのした接見に関する一般的指定の処分を取り消す旨の決定(以下「本件準抗告決定」という。)をした。

(2) 二六日午後一時ころ、原告が、右決定書を持参して白石署に赴き、同署留置担当者に被疑者両名との接見を求めたところ、同担当者は、右決定書を見て、直ちに被疑者甲野との接見を認めた。その際、被疑者甲野は在監中であり、被疑者乙野は検察官B(以下「検察官B」という。)の取調中であつたが、取調べの中断により捜査に支障を生ずるおそれは全くなかつた。しかるに、原告が、被疑者甲野と接見して約一〇分を経過したところで、原告は、白石署留置担当者から、検察官Aより電話にて「接見をさせるな。」との指示が入つているので直ちに接見を中断して同検察官の指示を受けるよう要求された。また、同時に、同検察官の指示がないのに接見をさせたとなると後でひどく叱責されるので、接見を認めたことは言わないでほしいと懇請された。

(3) 原告は、右留置担当者の接見中止の要請に従い、検察官Aに電話したところ、同検察官は、「裁判所の一般的指定取消しの決定は無意味であり、今後も具体的指定書を持参しない限り一切の接見を認めない。」と主張した。原告は、未だ弁護人選任届の交付を受けていない事情を説明するとともに、検察官Aの右主張は、弁護権の不当な侵害であることを力説したが、同検察官は、あくまで自己の発する具体的指定書により接見することを主張して譲らず、当面の弁護人選任届を得るための接見については、今後原告において具体的指定書の受取りを実行することを条件に、五分間に限つて、これを認めることを提示してきた。

(4) 原告は、早急に弁護人選任届を得て、弁護人としての活動を開始する必要があり、また、これ以上接見拒否を継続されては弁護人と被疑者との信頼関係に支障が生じかねないことから、やむなく検察官Aの右提示を受け入れた。その結果、ようやく原告は、被疑者両名と各五分間のみ接見することができ、弁護人選任届を得ることができた。

(七) 二八日、一二月三日の接見拒否、妨害

(1) 原告は、二八日、検察官Aの指示に従い、検察官Aに検察庁で面会し、同日の接見指定を求めた。しかし、検察官Aは、捜査になんら支障がなかつたにもかかわらず、二八日の指定を拒否し、三〇日を一方的に指定したうえ、接見時間を各一五分に制限した。

(2) 原告は、一二月三日、検察官Aに検察庁で面会し、同日の接見指定を求めた。被疑者両名に対する贈収賄事件の捜査は、同月二日にほぼ終了し、被疑者両名はなんらすることもなく留置場に在監し、捜査の必要など全く存しなかつたにもかかわらず、検察官Aは、接見時間を各二〇分と制限した。

3  接見交通権の侵害

(一) 一般的指定書の発行による接見の一般的禁止

(1) 憲法三四条は、何人も直ちに弁護人に依頼する権利を与えられなければ、抑留又は拘禁されない旨定めている。ここに弁護人を依頼する権利とは、単に弁護人を選任しうる権利を意味するのではなく、拘禁中の被疑者、被告人が弁護人の援助を得て自己を有効に防禦する権利を意味するものである。刑事手続においては、捜査段階こそ被疑者の人権が侵害の危険にさらされており、また、公判に向けて証拠の収集、保全の緊急な活動が要請される時であり、身体を拘束されている被疑者の場合は、これらの防禦活動は弁護人を通じて行うほか方法がないのである。弁護人は随時被疑者と接見し、被疑者の不安を取り除き、捜査機関による違法捜査の存否を監視するとともに、被疑者にとつて有利な証拠を収集する作業、保釈の準備等をしなければならない。したがつて、捜査段階において被疑者を狐立させない制度的な保障として、身体を拘束されている被疑者と弁護人の自由かつ秘密の接見交通の確保こそが憲法三四条の保障の重要な内容をなしているということができる。

(2) 刑事訴訟法三九条一項の自由な接見交通権は、憲法三四条の弁護人依頼権に由来する被疑者にとつて最も重要な刑事手続上の基本的権利であるが、身体を拘束された被疑者の取調べについては時間的制約があるので、刑事訴訟法三九条三項は、やむを得ない例外的措置として、捜査のため必要があり、しかも被疑者の防禦権を妨害しない場合に限定して、捜査官は接見に関する指定をなしうると定めている。刑事訴訟法三九条一項(原則)と三項(例外)との関係は右のとおりであるから、同条三項の「捜査のため必要があるとき」の意義は、捜査の客体であると同時に防禦の主体である被疑者の二面性に基づく捜査機関側と弁護人側双方の被疑者面接の時間的調整を図つたものであり、「現に被疑者を取調中であるとか、検証、実況見分、引当り捜査等に立ち合わせている場合で、かつ、右捜査の中断による支障が顕著な場合」を指称し、右具体的要件に該当した場合で、かつ、被疑者の防禦権を妨害しない場合に限定して解釈すべきである。

(3) しかるに、本件において検察官Aが代用監獄である白石署の長に発した一般的指定書による指定(以下「一般的指定」という。)は、なんら具体的指定を行うことなしに、接見を一般的に禁止することを内容とする処分である。すなわち、この一般的指定書が発せられると、具体的指定は行われていないにもかかわらず、日時、場所、時間を指定した具体的指定書を持参しない限り、被疑者と弁護人等との接見は常に拒否されるのである。検察官が運用している具体的指定の実態は、弁護人等から接見したい旨の連絡を受けた検察官が、捜査の進展、特に被疑者の自白状況をみて接見の可否を検討し、捜査の必要上さしたる影響がないと判断したときにこれを一方的かつ独断的に指定し、その接見時間を常に一〇分間ないし一五分間と限定して通知してくるものである。したがつて、一般的指定は、実質的には「具体的指定書を持参しない限り接見を禁じる。」旨の処分として行われ、実効を得ているのであつて、単なる内部的事務連絡と解することはできない。こうした一般的指定書の発行による接見拒否処分が、憲法三一条、三四条及び刑事訴訟法三九条に違反し無効であることは明白である。

(4) しかるに、検察官Aは、一般的指定によつて、具体的指定がなければ接見を禁止されるという原則と例外とが転倒した状態におき、これにより、連続して原告の接見交通権を侵害するという事態を生じさせた。

(二) 取消決定後の一般的指定状態の継続

(1) 本件準抗告決定は、その主文及び理由から明らかなように、一般的指定書による指定の仕方を処分ととらえ、それを取り消したものである。したがつて、捜査官としては、本件準抗告決定後申し出があれば、直ちに被疑者と弁護人等の接見を認める義務を負い、その後刑事訴訟法三九条三項の指定を行う場合にも、一般的指定が既に無効とされている以上、指定は消極的指定、すなわち厳密な意味で捜査の必要が存する場合に、やむをえず接見させることのできない時間を捜査官の側で示す形で行うべきである。

(2) しかるに、検察官Aは、本件準抗告決定後も一般的指定状態を継続して、原告の接見交通権を侵害した。

(三) 継続的接見妨害

(1) 刑事訴訟法三九条三項の「捜査のため必要があるとき」とは、「現に被疑者を取調中であるとか、検証、実況見分、引当り捜査等に立ち合わせている場合で、かつ、右捜査の中断による支障が顕著な場合」を指称し、右具体的要件に該当した場合で、かつ、被疑者の防禦権を妨害しない場合に限定して解釈すべきであることは、前記のとおりである。そして、具体的指定書の持参要求は、違法な一般的指定制度と一体となつたものとして、あるいはその負担が一方的に弁護人等のみに課せられ、かつ、その運用を通じて接見交通権に制限を加えることになるため、検察官の合理的な裁量の範囲を越えたものとして、違法であり、したがつて、指定書の持参を要求して接見を妨害することは、それ自体違法な接見妨害というべきである。また、捜査段階における弁護人等の防禦的弁護活動を全うするためには、十分な、少なくとも一回につき一時間以上の接見時間を与えられることが絶対に必要とされるのであつて、これを短時間に制限することも違法である。

しかるに、検察官Aが、二一日から一二月三日までになした具体的指定及び不指定は、一般的指定の当否を離れても、以下の点で違法であり、原告の接見交通権を侵害するものである。

(2) 二一日の接見妨害

検察官Aは、指定要件がないにもかかわらず、違法にも接見指定を行い、その際、具体的指定書の受取りを要求するなどしたうえ、接見時間を各一〇分間と著しく制限して、違法に原告の接見を妨害した。

(3) 二二日、二三日の接見拒否

検察官Aは、指定要件がないにもかかわらず、単に取調べの予定が入つているとの理由のみで、被疑者の身柄、捜査の状況の調査も、捜査の支障との調査も一切行わずに、違法に二二日の接見を拒否した。また、休日であるという理由だけで、接見指定の要件があるとはいえないのに、違法に二三日の接見を拒否した。

(4) 二五日の接見拒否

検察官Aは、指定要件がないにもかかわらず、被疑者の身柄、捜査の状況の調査も、捜査の支障との調整も一切行わずに、具体的指定書を検察庁で受取り、これを持参しなかつたことを理由として、違法にも接見を拒否したうえ、他の日時の指定もしなかつた。

(5) 二六日の接見妨害

検察官Aは、本件準抗告決定により一般的指定が取り消された後も、具体的指定書の受取り、持参を要求して接見を妨害し、指定要件がないにもかかわらず、違法にも接見指定をして、接見時間を著しく制限した。

(6) 二八日及び一二月三日の接見拒否

検察官Aは、二八日及び一二月三日、いずれも指定要件がないにもかわらず、接見を拒否して一方的指定をし、その際、接見時間を著しく制限したうえ、原告に対し具体的指定書の受取り、持参を求めた。

4  検察官Aの故意、過失

(一) 一般的指定を行つたことについて

一般的指定が、弁護人等と被疑者との接見交通権を侵害する違憲、違法な処分であることは、昭和五八年一一月当時、判例、学説上確立していた。したがつて、検察官Aは、一時的指定が接見交通権を侵害する違法な処分であることを十分認識しえたはずであるのに、検察庁の慣行的運用であるとの理由のみで一般的指定をしたものであり、同検察官に故意又は過失があつたことは明らかである。

(二) 取消決定後の一般的指定状態の継続について

準抗告裁判所が一般的指定を違法な処分と解し、その取消しをした以上、その判断に服することが当然であるのに、これを無視した検察官Aに故意又は過失が存することは明らかである。

(三) 継続的接見妨害について

昭和五三年七月一〇日の最高裁判所の判決は、刑事訴訟法三九条三項の「捜査のため必要があるとき」の意義について、「現に被疑者を取調中であるとか、実況見分、検証等に立ち会わせる必要がある等捜査の中断による支障が顕著な場合」をいうと判示しており、これが捜査全般の必要性というような広い概念でないことは、判例及び通説的解釈において一致していたから、これに反する解釈にのつとり、指定をなした検察官Aには、故意又は過失があつたことが明白である。

5  損害

原告は、検察官Aの憲法及び刑事訴訟法を無視した一連の不法行為により、前記のとおり接見を拒否又は妨害され、弁護人等にとつては極めて重要な権利である接見交通権を侵害されたほか、検察官Aの公益的立場を忘れた憲法無視、裁判無視の対応に、本来不要な議論や準抗告の申立て等の労力の負担を余儀なくされ、また、原告と依頼者との信頼関係も破壊されかねない状態になり著しい精神的苦痛を被つた。原告の右精神的苦痛を慰謝するには、一〇〇万円が相当である。

よつて、原告は被告に対し、国家賠償法一条一項に基づき慰謝料一〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である昭和五八年一一月二七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1(一)  請求原因1(一)の事実中、原告が、札幌弁護士会所属の弁護士で、被疑者両名の贈賄被疑事件の弁護人であつたことは認め、その余は知らない。

(二)  同(二)の事実は認める。

2(一)  請求原因2(一)の事実は認める。

(二)  同(二)の事実中、原告が白石署に赴き接見の申入れをしたこと及び検察官Aが被疑者両名の勾留の指揮を掌つていたことは認め、同検察官が本来自由な原告と被疑者両名との接見交通を妨害又は拒否したとの事実は否認し、その余は知らない。

(三)(1)  同(三)(1)の事実は認める。

(2) 同(2)の事実中、留置担当者が原告に対し、検察官Aから一般的指定書が発せられている旨を告げて、原告と、被疑者両名との接見を直ちには認めなかつたことは認め、その余は否認する。

(3) 同(3)の事実中、原告が、白石署から検察官Aに電話をし、弁護人選任手続のため接見させるよう申し入れたこと、同検察官が、具体的指定書を発行するので札幌地方検察庁まで受領に赴くよう求めたことは認め、同検察官が受取りにこなければ接見させないと返答したことは否認し、その余は知らない。

(4) 同(4)の事実中、検察官Aが接見を指示した時間が各一〇分間であつたとの点は当初認めたが、それは真実に反する陳述で錯誤に基づいてしたものであるから、その自白を撤回して否認し、その余は認める(原告は、右自白の撤回には異議がある旨述べた。)。

(5) 同(5)の事実は認める。

(四)  請求原因2(四)の事実中、原告が、二二日午後一時ころ検察官Aに電話をし、同日夕方か二三日に接見をしたい旨申し入れたこと、同検察官が、二二日は終日取調べを予定していることを理由として、また二三日は祭日であることを理由として、各同日の接見につき原告に再考を促したことは認め、二二日夕方現実に被疑者両名の取調べがなされなかつたこと、検察官Aが、被疑者両名の身柄状況について調査もせずに、二二日、二三日の接見を拒否したことは否認し、その余は知らない。

(五)(1)  同(五)(1)の事実中、原告において二五日午後二時から接見することを告げ、検察官Aもこれを了解したことは否認し、その余は認める。

(2) 同(2)の事実中、原告が二五日午後二時、白石署において接見を申し入れたこと、検察官Aが、接見指定時刻は午前一一時である旨述べたことは認め、午後二時の接見申入れが両者の合意に基づくこと、右時刻、被疑者両名と原告との接見によつて捜査上なんらの支障も生ずることはなかつたこと、検察官Aが、被疑者両名の身柄や捜査の状況を調査することなく、「具体的指定書を受取りに来ないのは接見交通権の放棄をしたものとみなす。」旨述べて接見を拒否したこと、検察官Aが、電話での具体的指定の求めに応ぜず、一方的に電話を打ち切つたことは否認し、その余は知らない。

(3) 同(3)の事実中、原告が被疑者両名との接見を実現することができなかつたことは認め、その余は知らない。

(六)(1)  請求原因2(六)(1)の事実は認める。

(2) 同(2)の事実中、二六日午後一時ころ、原告が、準抗告決定書を持参して白石署に赴き、同署留置担当者に被疑者両名との接見を求めたこと、同担当者は、右決定書を見て、直ちに被疑者甲野との接見を認めたこと、その際、被疑者甲野は在監中であり、被疑者乙野は検察官Bの取調中であつたこと、原告が、白石署留置担当者から、検察官Aより電話にて指示が入つているので直ちに接見を中断して同検察官の指示を受けるよう要求されたことは認め、被疑者乙野の取調べの中断により、捜査に支障を生ずるおそれは全くなかつたこと、原告が接見開始後中断されるまでの時間が約一〇分間であつたこと、検察官Aが「接見させるな。」との指示をしたことは否認し、その余は知らない。

(3) 同(3)の事実中、原告が、留置担当者の接見中止の要請に従い、検察官Aに電話したこと、原告が同検察官に未だ弁護人選任届の交付を受けていない事情を説明したこと、同検察官が弁護人選任のための接見を認めることを提示したことは認め、同検察官が、「裁判所の一般的指定取消しの決定は無意味であり、今後も具体的指定書を持参しない限り一切の接見を認めない。」と主張したこと、接見時間を五分間に限つたことは否認し、その余は知らない。

(4) 同(4)の事実中、原告が、被疑者両名と接見し、弁護人選任届を受けることができたことは認め、その時間が各五分間のみであつたことは否認し、その余は知らない。

(七)(1)  請求原因2(七)(1)の事実中、検察官Aが、捜査になんら支障がなかつたにもかかわらず、二八日の指定を拒否したこと、接見時間を一五分間に制限したことは否認し、その余は認める。

(2) 同(2)の事実中、原告が一二月三日、検察官Aに検察庁で面会し、同日の接見指定を求めたことは認め、検察官Aが、捜査の必要など全く存しなかつたのに、接見時間を二〇分と制限したことは否認し、その余は知らない。

3(一)(1) 請求原因3(一)(1)のうち、自由かつ秘密の接見交通の確保が憲法三四条の保障の内容をなしているとの主張は争う。

(2) 同(2)のうち、刑事訴訟法三九条三項が、当該事項を定めていることは認め、その余は争う。

(3) 同(3)、(4)の各主張は、いずれも争う。

(二) 請求原因3(二)(1)、(2)の各主張は、いずれも争う。

(三) 請求原因3(三)(1)の主張は争う。

(2) 同(2)の事実中、検察官Aが接見指定を行つたことは認め、その余は否認する。

(3) 同(3)の事実中、検察官Aが、二二日は取調べの予定が入つているとの理由で、二三日は休日であるという理由で、原告の接見申入れに対し、再考を促したことは認め、その余は否認する。

(4) 同(4)の事実中、検察官Aが他の日時の指定をしなかつたことは認め、その余は否認する。

(5) 同(5)の事実中、検察官Aが接見指定を行つたことは認め、その余は否認する。

(6) 同(6)の事実中、検察官Aが二八日及び一二月三日、接見指定をして、原告に対し具体的指定書の受取り、持参を求めたことは認め、その余は否認する。

4(一)  請求原因4(一)のうち、一般的指定が違憲、違法な処分であることが当時判例、学説上確立していたとの事実は否認し、その余は争う。

(二)  同(二)の主張は争う。

(三)  同(三)のうち、昭和五三年七月一〇日付の最高裁判所の判決が当該判示をしていることは認め、その余は争う。

5  請求原因5は争う。

三  被告の主張

1  接見交通権の位置付け

刑事訴訟法三九条一項の秘密の接見交通権は、憲法三四条前段に由来するものではあるが、憲法で保障された基本的人権であるとまでいうことはできないのであつて、刑事訴訟手続の二大目的である基本的人権の尊重と実体的真実主義のうち、後者の実体的真実主義に現われている捜査権の適正な行使の必要性によつて、制限、制約されることのあることは、憲法上許容されているものといわなければならない。また、仮に秘密の接見交通権が憲法三四条一項で保障された弁護人依頼権の一内容であつて、基本的人権そのものであると解されるとしても、公共の福祉たる捜査権の適正な行使の必要という見地から制限、制約されることが許容されているものと解するのが相当である。

そして、刑事訴訟法は、一条において基本的人権の保障と捜査権及び国家刑罰権の適正な行使との調整、調和が法の目的であることをうたい、その理念のもと、弁護人の接見交通権と捜査権との関係について、三九条三項で、検察官等は、捜査のため必要があるときは、公訴の提起前に限り、接見又は授受に関し、その日時、場所及び時間を指定することができると定め、捜査機関に対し接見に関する指定権を付与しているのであるから、同条一項の弁護人等の接見交通権と三項の捜査機関の接見指定権とは、いずれかが優先して他を排除する関係にはなく、ともに同等の利益を持つものとして、適正妥当な調整、調和が図られねばならないものである。

2  一般的指定の法的性質について

刑事訴訟法三九条三項は、捜査機関に対し接見指定権を認めながら、その方式についてはなんら定めていないことから、どのような方法で接見指定権を行使するかは、捜査機関の合理的な裁量に委ねられていると解される。そこで、刑事訴訟法施行に当たり、最高検察庁は、検察書類様式例を制定し、検察官が捜査上個別に接見の指定をすることが必要と認めた場合には、あらかじめ「接見又は授受に関する指定」と題する書面(いわゆる一般的指定書)を被疑者及び監獄の長に交付して、一般的に接見指定権行使の意思表示をしておき、弁護人等から具体的に接見の申し出があつたならば、その都度協議してしかるべき日時、場所及び時間を記入した「指定書」(いわゆる具体的指定書)を作成交付して指定することを定めた。こうして、捜査機関が刑事訴訟法三九条三項による接見指定をする場合は、この指定書によつて接見を行うという実務の運用がなされるようになつた。その後、以上の方法による接見指定の手続は、昭和二八年六月一日付法務大臣訓令「執行事務規程」に受け継がれ、更に昭和三七年九月一日付法務大臣訓令「事件事務規程」二八条に「検察官又は検察事務官が刑事訴訟法三九条三項の規定による接見等の指定を書面によつてするときは、接見等に関する指定書(様式第四八号)を作成し、その謄本を被疑者及び被疑者の在監する監獄の長に送付し、指定書(様式第四九号)を同条一項に規定するものに交付する。」と定めるところに受け継がれており、実務上定着している。

刑事訴訟法三九条三項の「捜査のため必要があるとき」の意義については、後記のとおり事案の性質等から罪証隠滅のおそれがある場合なども含まれると解釈するのが相当であるところ、その判断は到底留置担当官や一般捜査員に期待できず、事件が検察官に送致された後は、ひとり統括指揮官たる検察官のみがこれをなしうるというべきであつて、被疑者の身柄が監獄にあつて、監獄側に対しいきなり弁護人の接見申し出がなされた場合に、そのまま接見が認められると、検察官による右判断の機会が失われ、捜査への支障が生じかねないことから、まずもつて監獄職員から検察官に対し、弁護人等の申し出があつたことの連絡がなされ、検察官による判断の機会が確保されなければならない。一般的指定は、右判断の機会を確保するために、検察官が刑事訴訟法三九条三項に基づいて接見に関する具体的指定権の行使をする必要がある場合、接見の具体的指定をする用意があることを監獄の長らに対しあらかじめ通知するものであり、具体的指定権行使の準備行為であつて、接見指定権を確実かつ円滑に行使し、紛争を防止するための内部事務連絡に過ぎず、弁護人等と被疑者との接見を原則的、一般的に禁止する効力を有するものとはいえない。したがつて、一般的指定は、刑事訴訟法三九条三項の処分ではない。また、弁護人等が具体的指定書を持参せずに直接監獄に赴いても、直ちに接見を拒否することはなく、必ず検察官にその旨の取次ぎがなされ、弁護人等と検察官との調整によりそのまま接見が可能となるか、接見指定がなされるかのいずれかの運用がなされるに至つているのであつて、具体的指定書の持参が接見のための必須の要件ではないのであるから、かかる運用が維持されている限りは、一般的指定書の発行が、接見の原則的、一般的禁止であるという批判はあたらない。

以上の次第で、一般的指定は、適法というべきである。

3  本件準抗告決定と接見指定権との関係について

一般的指定は、本来意図したとおり内部連絡の機能にとどまる限りは、いわゆる処分性を欠くものであつて、そもそも準抗告の対象とはなり得ないから、一般的指定取消しの申立てを受けた準抗告審としては、その申立てを不適法として却下するほかないところ、準抗告審がこれを見落し、本件準抗告決定のように一般的指定を取り消す旨の決定をしたとしても、その決定は本来あり得ない処分についての判断であるから、いかなる意味においても無効といわざるを得ない。仮に、処分性があるとしてなした準抗告審の取消決定の趣旨に従うとしても、その決定内容はあくまで一般的指定を取り消すというものにとどまるはずであるから、決定後における捜査機関の接見指定権の行使にはなんら影響しない。そうすると、取消決定後といえども、接見指定権が円滑かつ確実に行使されるための措置はあいかわらず必要であるから、捜査機関が右措置として、監獄職員らに弁護人等の接見申し出があつたときは直ちに連絡するよう口頭で指示したり、あるいは接見指定権の行使を具体的指定書交付方式でなしたとしても、なんら取消決定に反するものではなく、違法とはいえない。

したがつて、本件準抗告決定後の一般的指定状態の継続も適法というべきである。

4  検察官Aの具体的指定権の行使について

(一) 刑事訴訟法三九条三項の「捜査のため必要があるとき」について

刑事訴訟法三九条三項の「捜査のため必要があるとき」とは、捜査中の事案の性質及び捜査の具体的進展状況等に応じ、罪証隠滅のおそれがある場合を含め、捜査全般の必要性があるときと解するのが相当である。その論拠は、①刑事訴訟法三九条三項が「捜査のため必要があるとき」と定め、刑事訴訟法上捜査とは概念が異なる「取調べ」の文言が用いられていないこと、②逮捕、勾留の場合、その要件としては逃亡のおそれと並んで罪証隠滅のおそれもあり、被疑者の取調べのためだけに限定していないから、逮捕、勾留を前提とする接見禁止についても、当然罪証隠滅の防止がその要件として考慮されなければならないこと、③刑事訴訟法三九条二項は、接見について、法令で罪証隠滅を防ぐため必要な措置を規定することができるとして、弁護人等との接見交通において罪証隠滅のあることを予想しているのであり、同条三項は、形式的にはこの必要な措置を規定した場合ではないとしても、実質的にはそれを含めた趣旨と解すべきであること、④被疑者の取調べ等に限定されるというのであれば、その場合にだけ接見を拒否できるという形で規定すれば足りるはずであるのに、刑事訴訟法三九条三項は、捜査機関に対し、接見の日時、場所及び時間を指定できる広範な権限を与えているものであり、このことは、捜査全般の必要性に対する判断を前提にしてはじめて理解が可能であること、⑤刑事訴訟法三九条三項但書は、「その指定は、被疑者が防禦の準備をする権利を不当に制限するようなものであつてはならない。」と規定するが、指定が被疑者の取調べ等に限定されるというのであれば、右但書はほとんど無意味になつてしまうこと等にある。また、捜査の実際においても、弁護人等以外の者と被疑者との接見等が一般的に禁止されているような事案においては、いかに弁護人等が主観的には善意であり、誠実に弁護権を行使しようとしている場合であつても、個々の事案の性質及び捜査の進展状況いかんによつては、特定の時点における接見が、関係者の虚偽の供述、証拠物の毀棄隠匿又は捏造等を招来する可能性があることは明らかであり、この可能性が存すると認められる場合には、たとえ被疑者を現に取り調べておらず、また、実況見分等に立ち会わせていないときなど被疑者の存在が必要となる捜査が物理的に中断されるに至る場合でなくても、まさに「捜査のために必要がある」として具体的指定権を行使できなければ、刑事訴訟法一条の目的は達成できない。

(二) 具体的指定書交付方式の適法性について

刑事訴訟法三九条三項は、捜査機関に接見指定権を与える旨を規定するのみで、その方法については明らかにしておらず、この点については指定権者の合理的裁量に委ねている。そして、書面による接見指定によつて、指定内容の明確化、接見をめぐる過誤紛争の未然防止、不服申立てに際しての審判の対象の明確化等が図られること、弁護人等は、捜査機関に対し、接見希望を申し出、具体的指定書を受領することを余儀なくされるが、一般的指定のない事件が大半であるうえ、弁護士の日常の最も中心的な活動の場は裁判所であつて、通常、それに近接して検察庁及び警察署が所在するから、具体的指定書の受領、持参を求めても、弁護人等に多大な負担を課すものとまではいえず、刑事訴訟法三九条三項が捜査機関に接見指定権を与えたことに伴うやむを得ない負担として、弁護人等といえども受忍すべきであると考えられること等に鑑みると、弁護人等において直ちに接見しなければならない緊急の必要がある場合や、具体的指定書による接見を求めることが弁護人等に不当に重い負担を強いることになる場合を除き、具体的指定書の受領、持参を求めることは刑事訴訟法三九条三項の捜査機関の裁量の範囲内にあるものと解すべきである。

(三) 接見指定の日時及び時間

刑事訴訟法三九条三項は、接見指定の日時及び時間の具体的な規制についても、なんら明示していない。ただ、接見指定の日時については、監獄法施行規則一二二条が、「接見ハ執務時間内ニ非サレハ之ヲ許サス」と定めるので、接見指定権者としてはこれに従つて接見指定権を行使すべきであつて、弁護人等の執務時間外の接見申し出に対し、これを理由に拒否したとしてもなんら違法ではない。

また、時間の点については全面的に指定権者の合理的裁量に委ねられており、長年にわたつて、形成されてきた慣行に従つて接見時間を指定することも、特段の事情のない限り、合理的裁量の範囲内にあるものというべきである。

(四) 検察官Aの接見指定権行使に関する措置ないし行為の適法性

本件被疑事件は、被疑者両名が札幌市職員に対し、ゴルフ道具一式、現金二〇万円を供与したという事件であつて、真相の解明を要する問題点は多く、特に被疑者両名が受けた便宜供与や現金二〇万円の原資の特定等については、勾留期限に至つても被疑者らから明確な供述が得られないなど勾留の全期間を通じ、適宜必要に応じ被疑者らの取調べを行い、事案の解明にあたらねばならなかつたうえ、ゴルフ道具一式の供与の原資については、被疑者らが虚偽記帳処理等をした疑いがあり、逮捕直前には、被疑者らが口裏合わせをして証拠隠滅工作を行つていたものであるから、被疑者らについて証拠隠滅のおそれは強く認められるものといわざるを得ず、このことは事案の特質等に照らし、被疑者らの概括的自白があつたところで、容易に消失するものではなく、被疑者らの信用性の高い詳細かつ具体的な供述が得られるまで存続していたものと認めるのが相当である。

したがつて、本件被疑事件については、勾留時から被疑者らの取調べが一応終了したと解される一二月四日までは、証拠隠滅のおそれが十分あつて、接見交通権を制約しなければならない捜査の必要があるものとして、常時接見指定要件が存在していたというべきである。

そして、右指定要件の存する場合に、具体的指定書の受取り、持参要求が原則として適法であること、一五分間ないし二〇分間の接見時間の指定が、特段の事情のない限り合理的裁量の範囲内にあつて適法であることは前記のとおりであり、本件被疑事件における接見指定権の行使について検察官Aのなした措置ないし行為には、なんら違法はないというべきである。

5  接見指定権の行使に関する違法性判断基準について

以上の次第で、本件被疑事件における接見指定権の行使について検察官Aのなした措置ないし行為には、刑事訴訟法上、なんら違法はないというべきである。

しかしながら、仮に刑事訴訟法上の違法があるとしても、国家賠償法一条一項にいう違法とは、究極的には他人に損害を加えることが法の許容するところであるかどうかという見地からする行為規範性であるから、単に当該行為が法に違背するというだけでは足りず、国又は公共団体に損害賠償義務を負担せしめるだけの実質的な理由がなければならない。そして、検察官に委ねられた接見指定権の行使については、原則として、その誤りは刑事訴訟法上の準抗告手続によつて救済されれば足りるのであつて、それを超えて国家賠償による救済が認められるためには、接見指定権の行使か、その目的、範囲を著しく逸脱し、又は甚だしく不当として刑事訴訟法上の権利の濫用があると認められる場合など、当該刑事手続それ自体に重大な瑕疵があつて、到底法が許容しない行為があると評価される場合であることが必要であり、かかる場合にはじめて国家賠償法上の違法を招来するものというべきである。

しかるに、原告は、かかる違法事由をなんら主張、立証していないものであつて、本訴請求はこの点においても、失当たるを免れない。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1は争う。

2  同2のうち、捜査機関が刑事訴訟法三九条三項の接見指定をする場合は、あらかじめいわゆる一般的指定書を監獄の長に交付して、一般的に接見指定権行使の意思表示をしておき、弁護人等から具体的に接見の申し出があつたならば、いわゆる具体的指定書を作成交付して指定する実務の運用がなされていること、この手続は、昭和三七年九月一日付法務大臣訓令事件事務規程二八条の定めに受け継がれていることは認め、その余は争う。

3  同3は争う。

4(一)  同4(一)のうち、刑事訴訟法三九条二項、三項に当該定めの存することは認めるが、その余は争う。

(二)  同(二)のうち、刑事訴訟法三九条三項には当該規定が存するのみであることは認めるが、その余は争う。

(三)  同(三)のうち、刑事訴訟法三九条三項が日時及び時間の規制についてなんら明示していないことは認めるが、その余は争う。

(四)  同(四)のうち、本件被疑事件が被疑者両名の札幌市職員に対するゴルフ道具一式及び現金二〇万円の供与事件であつたことは認めるが、その余は争う。

5  同5は争う。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1(一)の事実中、原告が、札幌弁護士会所属の弁護士で、本件被疑事件の弁護人であつたことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実と原告本人尋問の結果を総合すると、原告が二一日以降、被疑者甲野の長男である一郎の依頼により同被疑者の弁護人となろうとする者の地位にあつたこと、二六日以降被疑者乙野の依頼により同被疑者の弁護人となろうとする者の地位にあつたこと、その後被疑者両名の弁護人となつたことをそれぞれ認めることができる。

しかしながら、刑事訴訟法三九条一項の「弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者」とは、公訴提起前にあつては、同法三〇条所定の弁護人選任権を有する者から当該被疑事件に関し弁護の依頼、委嘱を受けながら、未だその選任手続の完了である選任書の捜査機関への提出、あるいは口頭の届出がなされるに至つていない者を指すと解すべきところ、原告が、被疑者乙野について、二六日同被疑者から弁護人となることを依頼されるまでの間、弁護人選任権を有する者から、同被疑者に係る本件被疑事件に関し弁護の依頼を受けたとの主張は存しないから、原告が二六日まで、同法三九条一項にいう「弁護人となろうとする者」としてその接見交通権を侵害されたとする原告の主張は、被疑者乙野に関する限りその要件を欠くものといわざるをえない。したがつて、原告が二一日以降二六日に被疑者乙野から弁護の依頼を受けるまでの間、同被疑者との接見交通権を侵害されたとの主張は、その余の点について検討するまでもなく主張自体失当である。

同(二)の事実は当事者間に争いがない。

二事実経過について

請求原因2のうち(一)の事実、(二)の事実中、原告が白石署に赴き接見の申入れをしたこと及び検察官Aが被疑者両名の勾留の指揮を掌つていたこと、(三)(1)の事実、同(2)の事実中、白石署留置担当者が、原告に対し検察官Aから一般的指定書が発せられている旨を告げて、原告と被疑者両名との接見を直ちには認めなかつたこと、同(3)の事実中、原告が白石署から検察官Aに電話をし、弁護人選任手続のため接見させるよう申し入れたこと及び同検察官が、具体的指定書を発行するので札幌地方検察庁まで受領に赴くよう求めたこと、同(4)の事実中、検察官Aが電話でのやりとりの後、白石署留置担当者に弁護人選任手続のため原告を被疑者両名と接見させることを指示し、その結果原告は被疑者両名に各一〇分間のみ接見できたこと、同(5)の事実、(四)の事実中、原告が、二二日午後一時ころ検察官Aに電話をし、同日夕方か二三日に接見をしたい旨申し入れたこと、同検察官が、二三日は終日取調べを予定していることを理由として、また二三日は祭日であることを理由として、各同日の接見につき原告に再考を促したこと、(五)(1)の事実中、原告が、日程上二四日が東京出張で接見が不可能であつたため、二五日の接見を求めたところ、検察官Aの回答が「二五日であればいつでもよい。」とのことであつたこと、同(2)の事実中、原告が二五日午後二時、白石署において接見を申し入れたこと、検察官Aが、接見指定時刻は午前一一時である旨述べたこと、同(3)の事実中、原告が被疑者両名との接見を実現することができなかつたこと、(六)(1)の事実、同(2)の事実中、二六日午後一時ころ、原告が、準抗告決定書を持参して白石署に赴き、同署留置担当者に被疑者両名との接見を求めたこと、同担当者は、右決定書を見て、直ちに被疑者甲野との接見を認めたこと、その際、被疑者甲野は在監中であり、被疑者乙野は検察官Bの取調中であつたこと、原告が白石署留置担当者から、検察官Aより電話にて指示が入つているので直ちに接見を中断して同検察官の指示を受けるよう要求されたこと、同(3)の事実中、原告が、留置担当者の接見中止の要請に従い、検察官Aに電話したこと、原告が同検察官に未だ弁護人選任届の交付を受けていない事情を説明したこと、同検察官が弁護人選任のための接見を認めることを提示したこと、同(4)の事実中、原告が、被疑者両名と接見し、弁護人選任届を受けることができたこと、(七)(1)の事実中、原告が二八日、検察官Aの指示に従い、検察官Aに検察庁で面会し、同日の接見指定を求めたところ、同検察官が三〇日を指定したこと、同(2)の事実中、原告が一二月三日、検察官Aに検察庁で面会し、同日の接見指定を求めたことは、いずれも当事者間に争いがない。

また、被告は、請求原因2(三)(4)の事実中、検察官Aが接見を指示した時間が各一〇分間であつたとの点について、その自白を撤回して否認し、原告は、その撤回に異議を述べるところ、証人Aの証言中には、右指定時間が一五分間以上のはずである旨の供述が存するけれども、一方原告は、その本人尋問において指定時間が一〇分間であつた旨明確に供述していること、<証拠>によれば、原告が二一日現実に被疑者甲野と接見した時間は、午前九時一〇分から二〇分までの一〇分間であつたと認められることに照らせば、右証人Aの供述は直ちに採用できず、他に接見時間が一〇分間であるとの自白が、真実に反する陳述で錯誤に基づいてしたものであると認めるに足りる証拠はない。したがつて、右自白の撤回は、その要件を欠くものであつて許されず、請求原因2(三)(4)の事実中、検察官Aが接見を指示した時間が各一〇分間であつたとの点も、当事者間に争いがないものというべきである。

以上争いのない事実に、<証拠>を総合すると、以下の事実を認めることができる。

1  被疑者両名は、一七日贈賄容疑で逮捕され、一九日代用監獄である白石署留置場に勾留された(二八日に勾留期間延長請求がなされ、同日、一二月八日まで延長された。)。検察庁においては、検察官Aが主任検察官として、検察官Bが、応援検察官としてそれぞれ捜査にあたることとなつた。それと同時に接見等禁止決定(被疑者甲野については次男甲野二郎を除く。)がなされ、更に検察官Aによつて、被疑者両名について「捜査のため必要があるので、右の者と、弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者との接見又は書類若しくは物(但し日用品、衣類、食料品を除く)の授受に関し、その日時、場所及び時間を別に発すべき指定書のとおり指定する。」旨の白石署長宛の一般的指定書が発せられた。

2  二一日の経緯

(一)  原告は、二〇日午後七ないし八時ころ、被疑者甲野の子息である一郎からの電話により、被疑者甲野の弁護依頼を受け、二一日午前八時ころから事務所で事情を聴取した後、午前九時過ぎころ、一郎の車に同乗して、白石署を訪れた。原告は、同署留置担当者に面会し、自分が札幌弁護士会所属の弁護士であり、被疑者両名に弁護人選任の意思を確認するため来署した旨を告げたうえ、名刺を出して、直ちに被疑者両名と接見させるよう申し入れた。その際、被疑者甲野は、留置場に在監していた。

(二)  これに対し、右留置担当者は、「検察官Aから一九日付で一般的指定がなされているので、具体的指定書を持参するかあるいは電話によつて検察官Aの指示をとつてほしい。」旨述べて、検察官Aに電話をかけて取り次ぎ、原告と被疑者両名との接見を直ちには認めなかつた。

(三)  原告は、電話に出た検察官Aに対し、自分が弁護士の太田であることを名乗つたうえ、弁護人選任手続のため接見させるよう申し入れたが、同検察官は、具体的指定書を発行するので札幌地方検察庁まで受領に赴くよう求め、直ちには原告と被疑者両名との接見を認めず、具体的指定もなさなかつた。原告は、当日午前一〇時過ぎから裁判所に用事が入つており、その後午前一一時からは札幌弁護士会の常議委員会の予定が入つていたため、検察官Aに対し「一〇時から裁判期日が入つている。」と述べて即時の指定を強く要求し、検察官Aも、初回接見の申し出は、弁護人選任のためであるから、これを尊重することとして、結局五分間程のやり取りの後、検察官Aは原告に対し、被疑者両名について各一〇分間の接見指定を口頭でなした。その後、検察官Aは原告に対し、今後はあらかじめ同検察官に電話をいれ、捜査スケジュールと調整のうえ、具体的指定書を持参して接見するよう要望した。

(四)  その結果、ようやく原告は、被疑者甲野と午前九時一〇分から二〇分までの一〇分間接見できたが、弁護人の選任に関し、原告においてこれまでの経緯を説明したほかは、被疑者甲野から、同被疑者が役員をしている組合が弁護人を用意している可能性もあるので調整を図つてほしい旨の申し出がなされた程度で、被疑事実の内容についてはほとんど話がなされないまま留置担当者の指示で接見を切り上げることとなり、この時点では弁護人選任届の署名押印を得るには至らなつた。

(五)  その後、被疑者甲野は、午前九時五〇分に取調べのため留置場を出て、午後四時五〇分に帰監した。

(六)  原告は、同日夕方組合の役員と話し合い、原告が被疑者両名の弁護人を引き受ける旨了承を得た。

3  二二日の経緯

(一)  原告は、二二日、午前一〇時三〇分から札幌地方裁判所岩見沢支部で弁論期日が、午後〇時三〇分から事務所で依頼者との打合わせが、、午後二時三〇分と午後四時からは札幌地方裁判所で和解期日がそれぞれ予定されていたため、それらの予定終了後被疑者両名と接見して弁護人選任届を得ようと考え、午後一時ころ検察官Aに電話して、同日夕方に接見をしたい旨申し入れた。これに対し、検察官Aは、前日夜あるいは当日朝の警察との打合わせで、同日は終日取調予定であると把握していたことから、その日の実際の取調状況、身柄状況について改めて警察に問い合わせることなく、当日取調べを予定している旨述べて、接見を認めなかつた。

(二)  そこで、原告が翌二三日の接見を申し入れたところ、検察官Aは、同日が祭日であることを理由にこれも認めなかつた。

(三)  原告は、二四日には東京出張の予定が入つていて、接見が不可能であつたため、検察官Aに対しやむなく二五日の接見を求めたところ、同検察官の回答は、「二五日であればいつでもよい。」とのことであつた。そこで、原告は、二五日は午前中札幌地方裁判所小樽支部において弁論期日が入つていたことから、同日午後二時から接見することを告げ、同検察官もこれを了解したので、所携の訟廷日誌にもその旨書き込んだ。

(四)  同日午後一時ころ、被疑者甲野は、留置場に在監していたが、その後午後一時二〇分から五時四五分まで取調べのため留置場を出ていた。

(五)  原告は、同日、組合と一郎に対して、二五日に被疑者両名と会える旨報告した。

4  二三日の経緯

二三日、被疑者甲野は、午前一〇時一〇分から午後四時まで取調べのため留置場を出ていた。

5  二四日の経緯

二四日、被疑者甲野は、午前九時二五分から午後五時まで及び午後五時五〇分から六時一〇分まで取調べのため留置場を出て、その間午前一〇時から一一時二〇分まで検察官Bの取調べを受け、午後一時から五時までは同検察官により検察官面前調書が作成され、午後五時五〇分から六時一〇分まではその読聞けがなされた。

6  二五日の経緯

(一)  原告は、二五日午後二時、白石署に赴き接見を申し入れたが、留置担当者は、検察官Aから何の連絡もなく、具体的指定書の持参もないことを理由に、直ちには接見を認めず、検察官Aに電話をかけて原告に取り次いだ。そこで、原告は、検察官Aに対し、直ちに接見させるよう要求したところ、検察官Aは、その日は終日取調予定であつたことから、「指定時刻は午前一一時なのに、その時間に接見しないのは接見を放棄したも同然である。」旨述べて、原告の強い要望にもかかわらず、その場の接見を認めなかつた。

(二)  二五日、被疑者甲野は、午前九時二五分から一一時四〇分まで及び午後一時四五分から六時五〇分まで取調べのため留置場を出ていた。

(三)  その結果、原告は、同日午後二時から予定していた被疑者両名との接見を実現することができないまま事務所に戻つたうえ、同日午後四時ころ、検察官Aの右接見に関する一般的指定取消しの準抗告申立てを行つた。

7  二六日の経緯

(一)  札幌地方裁判所は、二六日午前一一時ころ、原告の申し立てた同裁判所昭和五八年(む)第九九九号、第一〇〇〇号準抗告申立事件について、本件準抗告決定をした。その内容は、大要「主文 検察官Aが一九日付で札幌方面白石警察署長宛にした一般的指定書の文言の処分を取り消す。理由 検察官が一般的指定書を交付しているため、申立人は検察官から別途具体的指定書を受けないかぎり被疑者との接見ができない状況にあることを認めるに足りる。右一般的指定は、実質上一般的に接見を禁止し、例外的に右禁止を解除するのと同様の状態をもたらすものというべきであるから刑事訴訟法三九条に反する違法な処分といわなければならない。」というものであつた。

(二)  同日正午ころ、右取消決定の連絡を受けた検察官Aは、その旨をC刑事部長に報告したところ、同刑事部長から、従来どおりの形での運用を連絡するよう指示されたので、白石署に電話を入れ、同署に派遣されている捜査二課係員に対し、「一般的指定が取り消されても、接見指定の方法については、従来どおり検察官と弁護人とがあらかじめ調整して具体的な日時を決め、具体的指定書を持参してもらう形で運用する。」と注意し、指導した。

(三)  一方、原告は、正午少し前に本件準抗告決定書を入手して、午後一時ころ白石署に到着し、留置担当者に対して右決定謄本を見せたところ、担当者は直ちにその場での接見を認めたので、まず、当時在監していた被疑者甲野との接見を開始した。

(四)  原告が、被疑者甲野と接見して約一五分間を経過したところで、、原告は、接見室に入つてきた白石署留置担当者から、検察官Aより電話にて「原告が準抗告決定を持つてきても接見をさせてはいけない。」との指示が入つているので直ちに接見を中断して同検察官の指示を受けるよう要望された。また、その際、留置担当者から、同検察官の指示がないのに接見をさせたとなると後でひどく叱責されるので、接見を認めたことは言わないでほしいと懇請された。そこで、原告は、早々に話を切り上げて、取調担当官に従つて、二階捜査課大部屋に赴き、同所にいた検察官Bと軽く挨拶程度の言葉を交わしたうえ、直ちに同検察官を通じて検察庁に電話をかけ、検察官Aに取り次いでもらつた。

(五)  なお、二六日被疑者甲野は、終日在監していた。

(六)  原告は、取り次いでもらつた電話で、検察官Aに対して、裁判所の取消決定があるのだから接見妨害を止めてほしい旨要望したが、検察官Aは、「たとえ取消決定があつても、指定権はなくなつていないから、その意味では裁判所の決定は無意味だ。」と述べ、被疑者の防禦権と捜査権との優劣を巡つて口論が続いた。原告は、未だ弁護人選任届の交付を受けていない事情を説明するとともに、検察官Aの右主張は、弁護権の不当な侵害であることを力説したが、同検察官は、あくまで自己の発する具体的指定書によることを主張して譲らず、当面の弁護人選任届については、今後原告において具体的指定書の受取りを実行することを条件に、被疑者両名につき各一〇分間に限つて接見を認めることを提示をしてきた。原告は、早急に弁護人選任届を得て、弁護人としての活動を開始する必要があり、また、これ以上接見拒否を継続されては、弁護人と被疑者との信頼関係にも支障が生じかねないことから、やむなく検察官Aの右提示を受け入れ、その結果、原告は、ようやく午後二時から二時一〇分まで一〇分間被疑者乙野と、午後二時一〇分から二時二三分まで一三分間被疑者甲野とそれぞれ接見し、被疑者両名から弁護人選任届を得ることができた。

8  二八日の経緯

(一)  原告は、二八日、検察官Aの指示に従い、同検察官に検察庁で面会し、同日の接見指定を求めた。しかし検察官Aは、同日の接見を認めず、一方的に被疑者両名について三〇日の午後一時から二時までの間、各二〇分間の接見を指定し、原告はやむなくその旨の具体的指定書を受領した。

(二)  同日、被疑者甲野は、取調べのため、午前九時四〇分から午前一一時四五分まで及び午後一時五〇分から五時五五分までの間留置場を出ており、そのうち午前一〇時二五分から一一時二五分までは検察官Bの取調べを受け、午後一時四五分から三時まで及び四時三〇分から八時四五分までは、同検察官により検察官面前調書が作成された。しかし、検察官Bとしては、同日原告が被疑者甲野と接見しても具体的支障はなかつたであろうと推認される状況であつた。

9  二九日の経緯

二九日、被疑者甲野は、午前九時三五分から一一時五五分まで及び午後一時一〇分から七時一三分まで、被疑者乙野は、午前九時四二分から午後〇時一〇分まで、午後三時四三分から五時四〇分まで及び午後六時四二分から七時一〇分までの間、それぞれ取調べのため留置場を出ており、被疑者甲野については、午前九時四四分から一〇時四四分まで、午後五時〇九分から五時一五分まで及び午後五時五〇分から七時一〇分まで、被疑者乙野については、午前一〇時四八分から一一時五五分まで及び午後四時五〇分から五時〇八分まで、それぞれ検察官Bの取調べが行われた。また、午後一時四〇分から午後四時まで、被疑者乙野については同検察官により検察官面前調書が作成された。

10  三〇日の経緯

(一)  三〇日、被疑者甲野は、午前一〇時二〇分から一一時三二分まで、午後〇時四〇分か一時五〇分まで、午後二時一八分から三時一〇分まで及び午後三時四〇分から四時五五分まで、被疑者乙野は、午前九時五〇分から午前一一時〇六分まで及び午後二時四六分から六時〇六分までの間、それぞれ取調べのため留置場を出ており、被疑者甲野については、午前一〇時から午後三時一五分まで検察官Bにより検察官面前調書が作成され、午後四時から四時四〇分まで同検察官の取調べが行われた。

(二)  原告は、同日検察官Aが発した接見指定書を持参して、被疑者乙野については午後一時一〇分から一時三〇分まで、被疑者甲野については午後一時三〇分から一時五〇分まで、それぞれ二〇分間接見をした。

11  一二月三日の経緯

(一)  原告は、一二月三日、検察官Aに検察庁で面会し、同日の接見指定を求めた。検察Aは、即時接見することを認めたが、その時間を午前一〇時三〇分から一一時三〇分までの間各一五分間と制限した。

(二)  被疑者両名は、同日取調べもなく、留置場に在監していた。

(三)  原告は同日検察官Aが発した接見指定書を持参して白石署に赴き、被疑者乙野について午前一〇時五二分から一一時〇五分まで、被疑者甲野について午前一一時〇六分から一一時二〇分まで、それぞれ接見した。

右の認定に関しては、次のような証拠が存するけれども、いずれも以下に述べるとおり、これを直ちに採用することはできず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。<証拠判断省略>

三接見交通権の侵害について

1  接見交通権保障の意味

憲法三四条前段は、何人も直ちに弁護人に依頼する権利を与えられなければ抑留又は拘禁されることがないことを規定し、刑事訴訟法三九条一項は、この趣旨にのつとり、身体の拘束を受けている被告人又は被疑者は、弁護人又は弁護人となろうとする者と立会人なしに接見し、書類もしくは物の授受をすることができる旨規定する。この弁護人等との接見交通権は、身体を拘束された被疑者が弁護人の援助を受けることができるための刑事手続上最も重要な基本的権利に属するものであるとともに、弁護人にとつてもその固有権の最も重要なものの一つである。身体を拘束されている被疑者にとつて、自己に有効な防禦活動をし、公判に向けて自己に有利な証拠の収集、保全をなすためには、弁護人に頼るところが甚だ大きいのであつて、弁護人もその職責を全うするためには随時被疑者と接見し、被疑者の不安を取り除き、捜査機関の違法捜査の存否を監視し、被疑者にとつて有利な証拠を探り出す作業をしなければならないものである。

ところで、身体を拘束された被疑者の取調べについては、時間的制約があることから、弁護人等と被疑者との接見交通権と捜査の必要との調整を図るため、刑事訴訟法三九条三項は、捜査のため必要があるときは、右の接見等に関してその日時、場所、時間を指定することができる旨規定するが、弁護人等の接見交通権が右のように憲法の保障に由来するものであることに鑑みれば、捜査機関のなしうる接見等の日時等の指定は、あくまで必要やむをえない例外的措置であつて、被疑者が防禦の準備をする権利を不当に制限することは許されないものと解すべきである(最高裁判所昭和五三年七月一〇日第一小法廷判決参照)。

2  一般的指定書の発行による接見交通権の侵害について

原告は、一般的指定により、具体的指定書を持参しない限り被疑者と弁護人との接見は常に拒否されるから、一般的指定は、接見を一般的に禁止する処分であつて、違法である旨主張する。

そこで検討するに、捜査機関が刑事訴訟法三九条三項の接見指定をする場合は、あらかじめ一般的指定書を監獄の長に交付して、一般的に接見指定権行使の意思表示をしておき、弁護人から具体的に接見の申し出があつたならば、具体的指定書を作成交付して指定する実務の運用がなされていること、この手続が、昭和三七年九月一日付法務大臣訓令事件事務規程二八条の定めに受け継がれていることは当事者間に争いがなく、更に<証拠>によれば以下の事実を認めることができる。

(一)  昭和二八年制定の法務大臣訓令執行実務規程一四条五項を引き継いで、昭和三七年九月一日接見等に関し、法務大臣訓令事件事務規程が制定された。その二八条は、「検察官又は検察事務官が刑事訴訟法三九条三項の規定による接見等の指定を書面によつてするときは、接見等に関する指定書(様式第四八号)を作成し、その謄本を被疑者及び被疑者の在監する監獄の長に送付し、指定書(様式第四九号)を同条一項に規定する者に交付する。」旨規定しているが、これに基づき、右様式第四八号の書面として一般的指定書が、右様式第四九号の書面として具体的指定書が、それぞれ作成されることとなつた。

(二)  検察官は、右訓令に基づき、勾留中の被疑者に対し、接見指定権行使の必要があると判断したときは、一般的指定書を作成して、その謄本を監獄の長に送付しているが、これについては、指定権の確実な実施、円滑な運用を期するため、監獄の長に対して別途具体的に指定を行う事件であるという予告通知の文書である旨教育、指導がなされている。したがつて、一般的指定書は、前記法務大臣訓令事務規程の定め及び一般的指定書の欄外の注意書の記載にもかかわらず、その謄本を被疑者及び弁護人に交付する扱いが必ずしもなされていない。

(三)  昭和五八年一一月当時の実際の運用としても、原則としては、あらかじめ弁護人等から主任検察官のところへ電話をもらい、接見の希望日を申し出てもらつて、捜査のスケジュールと調整、協議のうえ、日時等を決定し、それに基づいて作成した具体的指定書を持参してもらつて、留置場で接見する扱いであつたが、例外的には、電話を介して口頭で指定する扱いもなされていた。そのため、一般的指定書の名宛人である監獄の長に対しても、直接留置場を訪れた弁護人等に対し、一般的指定書が発せられているからといつて、それを理由に直ちに接見を拒否するような応対はせず、検察官から一般的指定書が発せられているが、検察官と具体的接見について連絡、調整はなされているか否かを確認のうえ、即時接見したいとの希望であれば、その場から検察官に電話をいれ、検察官との間で調整の機会を作るようにと指導、教育していた。

(四)  一般的指定の運用については、第一審強化方策札幌地方協議会においても度々問題とされ、弁護士会から検察庁に対し、その廃止等が要望されているが、検察庁はこれに対し一貫して、一般的指定書は事務連絡文書であるとし、その運用については指定書の交付を原則と考えているが、緊急やむをえない特別の事情がある場合には、電話等での口頭指定もある旨答弁している。

(五)  一般的指定がなされながら、実際には電話による口頭の指定がなされることもあり、現に、原告が昭和五六、七年ころ担当した事件においても、一般的指定がなされながら電話を介して口頭による指定がなされている(本件においても、二一日及び二六日の接見については、結局口頭による指定がなされたことは、前記認定のとおりである。)。

以上の事実を総合すると、一般的指定書は、弁護人等から接見の申し出があつた際、検察官がその具体的指定権を円滑かつ確実に行使できるよう、当該事件については検察官が刑事訴訟法三九条三項に基づく具体的指定権を行使する旨をあらかじめ監獄の長に通知する内部的な事務連絡文書として作成され、そのように運用すべきことが教育、指導されていたと認めることができる。

この点につき、<証拠>によれば、諸文献上、一般的指定の実質は検察官による接見禁止処分にほかならない旨の指摘や、事実上一般的禁止処分として運用されている旨の報告等が存することが認められるが、前記認定の事実に照らせば、その本来の意義、効力及び通常の運用は、前記のとおり、検察官が具体的指定権を行使する事件であることを監獄の長に対し通知する内部的な事務連絡文書にとどまると解するのが相当である。

そこで、かかる意義、効力を有する一般的指定の適法性いかんについて検討する。

まず、弁護人等からの接見の申し出をまつて具体的指定権を行使することは、当然許されていると解すべきである。そうでなければ、将来の捜査の進展を予測したうえでの漠然とした取調予定等によつて接見指定権を行使せざるを得なくなり、かえつて将来に向かつて大幅な接見指定権行使が行われる虞れがあるからである。

次に、捜査機関の内部において、接見指定権行使の判断権を、当該事件の捜査全般について最も的確に把握している捜査主任官に委ね、これに統括させることによつて、接見指定権行使の判断に齟齬が生じないようにすることも許されるというべきである。けだし、当該時期における当該被疑者の取調べの重要性、取調べの継続予定、接見のための取調中断の可否等捜査の必要性と接見交通権の保障との調整について、最も実質的に判断しうるのは、当該事件の捜査主任官であるからであり、被疑者留置規則二九条二項も指定権者を「捜査主任官」と定めているところである。そして、被疑事件が検察官に送致された後の捜査主任官は一般に担当主任検察官であるから、捜査機関の内部において、接見指定権を捜査主任官に専属させ、留置担当者としては接見を申し出た弁護人等に対し、指定権者から直接指定を受けることを求めるか、あるいは自ら指定権者に接見の申し出のあつたことを伝達することとし、これを受けた指定権者において、捜査の必要性に応じて、接見をそのまま容認するか、あるいは接見についての日時、時間の指定をするか判断することは許容されていると解さざるを得ない。そして、留置担当者が、捜査主任官に電話で連絡をとり、捜査主任官がこれに判断を下すのに必要な時間は、それが速やかになされている限りは、手続に要する相当な時間というべきであつて、その間弁護人等に一時的待機を要求したとしても違法ということはできない。弁護人等としては、右の手続が相当時間内に行われないか、捜査のための必要性がないのにかかわらず接見が制限された等の場合に、それらの措置は制度の運用として許容された範囲を逸脱するものとしてその違法性を問えば足りるのであつて、一般的指定自体は、前記の内容、目的、効果をもつものとして、適法であると解するのが相当である。

したがつて、本件一般的指定書の発行自体は、違法ではないというべきである。

以上の次第であるから、留置担当者は、一般的指定書が発せられている事件に関して、勾留中の被疑者について弁護人等から接見の申し出を受けた場合、当該弁護人等が具体的指定書を持参していればその内容に従つて接見させ、具体的指定書を持参していなければ当該事件の捜査主任官に電話するなどして連絡をとり、捜査主任官の指定権行使の機会を保障し、捜査主任官の具体的指定に従つて接見させるべきであるが、その際相当時間内に指定権の行使がなされないときには、直ちに弁護人等と被疑者との接見を認めなければならず、また、捜査主任官としても、かかる連絡を受けた場合には、速やかに捜査の必要性の存否を適正に判断し、接見交通権の保障との調整をしたうえ、弁護人等の接見を制限しない方法で接見指定権を行使しなければならないものというべきである。かかる制度として運用されて、はじめて一般的指定は適法といえるのであるから、一般的指定書の文言が、単に「弁護人から接見の申し出があつたときは、捜査主任官に連絡されたい。」旨の通知文言ないし連絡用文言ではなく、「別に発する指定書のとおり指定する。」旨の捜査主任官の接見指定権行使に関する意思表示とも読める内容であることは、若干その相当性に疑問があるといわなければならない。

3  準抗告による一般的指定取消決定後の一般的指定状態の継続について

原告は、本件準抗告決定後も検察官Aが一般的指定状態を継続したことによつて、接見交通権を侵害された旨主張する。

そこで、本件準抗告決定による一般的指定の取消しの効力について検討するに、本件準抗告決定は、前記認定のその主文及び理由から明らかなように、一般的指定書による指定の仕方は、実質上一般的に接見を禁止し、例外的に右禁止の解除をするのと同様の状態をもたらすものというべきであるから、違法な処分であると判断している。ところで、右決定が適法に確定し、一般的指定による指定の仕方がそれ自体処分にあたるとして取り消された以上、その処分を取り消す決定は、その事件について以後当事者たる関係行政庁を拘束すると解すべきであつて、取消決定を受けた行政庁は、以後同一当事者の同一事項を処理するにあたつては、右決定が違法とした判断を尊重しなければならず、同一の過誤を繰り返すことはできなくなるものと解すべきである。したがつて、本件準抗告決定後、検察官が一般的指定書を再度交付し、あるいはこれを交付したと同様の指示を口頭で行うことは許されないと解せられる。確かに、取消後も検察官等に刑事訴訟法三九条三項の接見指定権がなくなるわけではないけれども、その指定権行使の在り方自体が否定されたのであるから、検察官としては、一般的指定のなされていない通常事件における接見の運用に戻るのが相当である。しかも、<証拠>によれば、現に札幌地方検察庁においては、本件以前に一般的指定の取消決定がなされた際は、いつでも接見できるという扱いがなされていたことが認められる。

したがつて、検察官Aが、二六日、白石署に派遣されていた捜査二課係員を通じて、監獄の長ないし留置担当者に対し、「一般的指定が取り消されても接見指定の方法については、従来どおり検察官と弁護人とがあらかじめ具体的な日時を調整して決め、具体的指定書を持参してもらう形で運用する。」旨注意、指導した措置は違法というべきである。

4  継続的接見妨害について

(一)  接見指定の要件について

前記のとおり、弁護人の接見交通権は、憲法の保障に由来するものであつて、捜査機関による接見の指定は、あくまでやむをえない例外的措置であることに鑑みれば、刑事訴訟法三九条三項の「捜査のため必要があるとき」とは、現に被疑者を取調中であるとか、検証、実況見分等に立ち会わせる必要がある等捜査の中断による支障が顕著な場合に限定して解釈すべきである(前掲最高裁判所昭和五三年七月一〇日第一小法廷判決参照)。そして、右にいう「捜査の中断による支障が顕著な場合」とは、捜査機関が被疑者の身柄を現に使用して取調べをしている場合及びこれに準じる場合に限るべきであつて、一般的な罪証隠滅の虞れは含まないと解するのが相当である。

ところで、<証拠>によれば、検察官Aは、本件贈収賄事件の捜査の必要性について、捜査の発展性、流動性、証拠隠滅の可能性という点も総合的に勘案して、真相究明に支障が生じるか否かとの観点から接見指定の要件を検討し、本件については、逮捕時において既にゴルフ道具の供与に関し、被疑者両名の間に口裏合わせがなされていたこと、虚偽の記帳処理がなされていたこと、その他事案が複雑で、流動性があつたことから、自由な接見がなされると、弁護人を通じて捜査機関の手持証拠、質問事項等が家族、雇用先等を通じて伝わつていく可能性があり、事案の真相究明に支障が生じると考えて接見指定権を行使したものであり、本件においては、起訴に至るまで継続して捜査の必要性はあつたと考えていたことが認められる。

しかしながら捜査の必要性が右のような一般的罪証隠滅の虞れを含まないと解すべきことは前判示のとおりであつて、起訴に至るまで継続して捜査の必要性があつたとする検察官Aの判断は、接見指定権行使の要件についての判断を誤つたものといわざるをえない。

更に、その接見指定権の行使は、被疑者の防禦権を不当に制限しないことが必要である。したがつて、接見指定権を行使するにあたつても、弁護人等と協議してできるかぎり早期に接見のための日時等を指定し、被疑者が防禦のため弁護人等と打ち合わせることのできるような措置をとるべきであつて、第一回目の接見の申し出の場合、捜査機関や弁護人等の都合で長期にわたつて接見の機会が保障されていなかつた場合、その他特に緊急に接見させる必要がある場合等接見指定権の行使によつて被疑者の防禦権を著しく制限するような事情のあるときは、たとえ取調べ等を中断するなどしてでも、接見の機会を保障すべきであると解される。

(二)  具体的指定書の持参要求について

刑事訴訟法三九条三項は、検察官等が接見指定をする場合にとるべき方式について明示していない。したがつて、法はこれを検察官等の合理的裁量に委ねているものと解されるが、弁護人の接見交通権を不当に侵害するような方式を選定することは、検察官等に委ねられた合理的裁量の範囲を逸脱するものとして、違法と解されることは当然である。そこで、円滑、確実かつ迅速な接見交通を確保するために、その指定を書面で行うべきか否か、またその伝達方法をどうするかなど指定の方式が問題となる。ところで、指定を書面で行うことは、手続的明確性を保障し、不服申立ての際にもその対象の特定のため便宜であるとの利点があるが、反面、書面によるときは、作成、伝達等に時間を要し、迅速な接見交通を害する虞れがあるという欠点がある。右の点に鑑みると、検察官等としては、迅速かつ円滑な接見交通権を害さない限度で、書面による指定を行うことは許されるものというべきであるが、書面によることで無用の時間と手続を要する場合には、電話等の口頭による指定を行う等適宜の方法によつてこれを行うべきである。

そこで、前記認定のとおり、検察庁等で通常一般的指定に伴つてなされる具体的指定書の受取り、持参要求の適否について検討するに、右は、弁護人等に対して検察庁への出頭、具体的指定書の受領、監獄への右指定書の持参という負担を負わせるものであつて、一般的には、これによつて弁護人等の迅速な接見は害されると解するのが相当である。したがつて、書面により手続の明確性を図るためであつても、書面の受領によつて、弁護人等の迅速な接見の権利を害さない事情のある場合、すなわち弁護人等が接見要求の際、既に検察庁内にいる場合あるいは接見予定時間までまだ余裕がありかつ弁護人等が検察庁まで書面の受取りに赴くことを任意に了承した場合等に限り、その受取り、持参要求は、適法であるというべきであり、それ以外の場合に、書面による指定を行うときは、ファクシミリ等の発達した現在においては、むしろ捜査機関側で弁護人等の接見交通権を制限しないような形での運用を考慮するのが相当である。

(三)  接見時間について

原告は、捜査段階における弁護人の防禦的弁護活動を全うするためには、十分な、少なくとも一回につき一時間以上の接見時間を与えられることが絶対に必要であつて、これを短時間に制限することは違法である旨主張する。

そこで検討するに、接見時間については、正に捜査の必要と、被疑者の防禦権との調整によつて適正な時間が決まるものであつて、例えば、取調べ等が一時間後から予定されており、捜査の必要性がそれまでないにもかかわらず、これを理由もなく三〇分間に制限することは違法の譏りは免れず、一方一〇分後から交通規制を伴う実況見分が予定されているなどのときに、接見時間を一〇分間に制限したからといつて、通常違法とはいえないであろう。したがつて、接見時間について、一時間に満たないから直ちに違法である旨の主張は採用できない。

(四)  執務時間外の接見について

監獄法施行規則一二二条は、接見は執務時間内でなければこれを許さない旨規定し、<証拠>によれば、被疑者留置規制実施要綱(昭和五五年警視庁通達甲第四五号)八条二項は、「(1) 接見は、原則として休日を除き、午前八時三〇分から午後五時一五分(土曜日は午後〇時三〇分)までの間に、接見室において行わせるものとする。(2) 弁護人等が前(1)以外の日時にその接見を申し出た場合で、直ちに接見させなければ留置人の防禦権行使に支障がある場合等特別の事情が認められ、かつ、捜査上及び保安上支障がないときは、これを認めるものとする。」旨定めていることが認められる。これに、<証拠>を総合すると、留置施設の監護態勢、保安態勢上の必要から、執務時間外の接見については、原則としてこれを認めない慣行が存し、昭和五九年一月二七日開催の第一審強化方策札幌地方協議会においても検察庁から弁護士会に対して右慣行に協力願いたい旨の要望がなされ、弁護士会委員から要望にはできるだけ沿うよう努力したい旨の答弁がなされたことが認められる。そして、接見に際し、被疑者の身体の安全を確保しつつ、逃亡、罪証隠滅を防止し、戒護に支障のある物の授受を防止するには、十分な保安態勢、監護態勢が要請されることに鑑みれば、防禦権行使に支障のある緊急の場合の接見交通権を保障したうえで、原則として執務時間外の接見は認めないとする右慣行は合理性を有するものというべきであつて、執務時間外であることを理由に接見を拒否したからといつて、違法とはいえない。そして、<証拠>によれば、右執務時間は、前記要綱記載のとおり(ただし、拘置所においては、平日は午後五時まで)であることが認められる。

(五)  具体的指定権の行使に関して検察官Aのとつた措置の違法性について

そこで、検察官Aが、二一日から一二月三日までになした具体的指定権の行使に関する措置の違法性について検討する。なお、<証拠>によつて認められる一二月一日及び二日の被疑者両名の出監状況と前記二認定の各事実を総合すれば、被疑者両名が取調べのため留置場を出ていた時間帯は、別表記載のとおりである。

(1) 二一日の接見妨害

原告は、二一日検察官Aが、指定要件がないにもかかわらず、違法にも接見指定を行い、その際、指定書の受取りを要求するなどしたうえ、接見時間を各一〇分間と著しく制限したのは、違法である旨主張する。

そこでまず、指定要件を充足していたか否かについて検討するに、前記二、2認定のとおり、被疑者甲野は、二一日午前九時過ぎの原告の接見申し出の際から午前九時五〇分までは、取調べもなく留置場に在監していたものであり、特に取調べに準じるような捜査の必要性があつたと認めるに足りる証拠もない。また、その後同被疑者は、午前九時五〇分から取調べのため留置場を出ているが、右取調べが弁護人等との接見を中断してまでもこの時刻に始めなければならなかつたと認めるに足りる証拠はないから、この点をもつて、当時原告との接見時間を午前九時五〇分までと制限するために指定の必要があつたと認めることもできない。したがつて、二一日の右接見申し出の際は、接見指定の要件を欠いていたものというべきであるから、検察官Aが、このように指定要件がないにもかかわらず接見指定を行つたことは違法といわざるをえない。そして、その際、原告が既に白石署に赴いていたこと、即時接見を希望している旨を検察官に話していたことは前記認定のとおりであるから、検察官Aが、あえて指定書の受取りを求めたことは、弁護人等に過度の負担を要求し、迅速な接見を害するものとして、違法というべきである。また、被疑者甲野との接見時間を一〇分間と制限した点についても、前記のとおり、当時同被疑者の取調べを午前九時五〇分に開始する必要があつたものと認めるに足りる特段の事情の立証がないから、違法といわざるをえない。

よつて、同日の検察官Aの接見指定は、違法というべきである。

(2) 二二日の接見拒否

原告は、二二日、検察官Aが、指定要件がないにもかかわらず、単に取調べの予定が入つているとの理由のみで、被疑者の身柄、捜査状況の調査も、捜査の支障との調整も一切行わずに接見を拒否したのは違法である旨主張する。

そこで、検討するに、原告が同日、接見の申し出をしたのは午後一時ころで、接見希望時刻の夕方までには数時間あつたうえ、その際被疑者甲野は在監中で、取調べが行われていなかつたことは前記二、3認定のとおりである。したがつて、検察官Aとしては、直ちに白石署に電話をし、捜査担当者に同被疑者の身柄の状況、取調状況、午後の取調予定、弁護人等との接見のための一時的中断の可否等について問い合わせ、捜査の必要性と接見交通権の保障との調整を図つたうえで、数時間後に一定時間の弁護人等との接見を指示することは十分可能であつたものであり、前判示のとおり、捜査官の接見指定権が捜査の必要と接見交通権の調整をはかる目的で認められた制度であること、一般的指定制度が捜査主任官に右調整の機会を与えるため弁護人等に捜査主任官への連絡をとらせる制度であること、翌日が休日のため、執務時間外となるので接見を通常認められ難いこと等を考えると、検察官Aは右調整を図る義務があつたと解するのが相当である。したがつて、かかる調整を一切なさずに、単なる一般的な取調べの予定を理由に接見を認めなかつた検察官Aの措置は、接見指定権の行使に伴つて検察官に当然要求される調整の義務を果たさなかつたものとして、違法といわざるをえない。現実には、同日夕方、被疑者甲野は執務時間終了後の午後五時四五分まで、取調べのため留置場を出ており、また午後五時一五分以降は執務時間外として接見を認めない措置にも原則として合理性があることはすでに認定のとおりであるけれども、午後五時一五分以前の取調べが中断を許さぬほど緊急のものであつたと認めるに足りる証拠はないから、検察官Aとしては、取調時間をずらすなどして接見を認めることは可能であつたというべきであり、この点をもつて直ちに捜査の必要性があつたということはできない。

(3) 二三日の接見拒否

同日が休日であることは公知の事実であり、休日の接見についてはこれを原則として認めない扱いが合理的であることはすでに認定のとおりである。そして、本件において、休日の接見を認めなければならない特段の事情は認められないから、同日の接見を認めなかつた検察官Aの行為を違法ということはできない。

(4) 二五日の接見拒否

原告は、二五日、検察官Aが、指定要件がないにもかかわらず、被疑者の身柄、捜査状況の調査も、捜査の支障との調整も一切行わずに、接見を拒否したうえ、他の日時の指定もしなかつたのは違法である旨主張する。

そこで、検討するに、二五日は、午後二時に具体的指定がなされていたと認められることは前記二、3、(三)認定のとおりであるから、かかる指定がなされながら、その接見を認めなかつた検察官Aの措置は、この点においてまず違法であるというべきである。原告は更に、検察官Aが指定要件がないにもかかわらず接見を拒否し、他の日時の指定もしなかつた点の違法を主張するが、接見の申し出がなされた午後二時ころには、被疑者甲野は既に取調べのため留置場を出ていたこと、その後執務終了時刻の午後五時一五分までには帰監していなかつたことは前記二、6(二)認定のとおりであり、取調べのために出監しているということは、通常身柄を使用しての取調べが行われていたものと推認され、右推認を覆すに足りる証拠もないから、結局二五日は、同被疑者について接見申入時前から終日取調べが行われていたと認められる。そうすると、たとえ検察官Aが、接見の申し出を受けてから直ちに白石署に電話をし、捜査の必要性と接見交通権の保障との調整を図ろうとしても、右取調べを中断しない限り調整の機会は得られなかつたと考えられるところ、このような場合、検察官において、現に行われている取調べを中断してまで調整をはかる義務はないと解すべきであるから、検察官Aが、同日は終日取調べの予定であることを理由として、同日の接見を認めなかつた点には、違法性はないと解するのが相当である。しかしながら、その場合でも、検察官Aとしては、できるだけ早期に弁護人等の接見の日時、場所を指定しなければならないのであるから、なんら別の日時を指定しなかつたことは、やはり違法というべきである。

(5) 二六日の接見妨害

原告は、検察官Aが二六日、一般的指定が取り消された後も、具体的指定書の受取り、持参を要求して接見を妨害し、指定要件がないにもかかわらず接見指定をして、接見時間を著しく制限したのは違法である旨主張する。

そこで、検討するに、前判示のとおり、一般的指定が取り消された以上、もはや検察官としては一般的指定書を再度交付し、あるいはこれを交付したと同様の指示を口頭で行うことは許されないものというべきであるから、この点においてまず、検察官Aが具体的指定書の受取り、持参を要求したことは違法といわざるをえない。そして、当時原告が既に白石署に赴いて、即時接見を希望していることは前記二、7認定のとおりであるから、具体的指定書の受取り、持参を要求しうる場合ではなく、この点においても検察官Aの指定書の受取り、持参要求は違法性を有するものと解される。次に指定要件について検討するに、二六日は土曜日であることは公知の事実であるから、原告が接見を申し出た午後一時は執務時間外であつたことが認められる。しかしながら、執務時間外の接見は原則として認められないけれども、被疑者の防禦権を害するような特段の事情があるときは、接見を認めるべきであると解され、かかる扱いがなされていることは前判示のとおりであるところ、原告が二一日の接見以降被疑者甲野と接見する機会がないまま同日に至つていること、原告は二一日に被疑者甲野に係る本件被疑事件について正式の弁護依頼を受けながら、いまだ二六日に至る弁護人選任届を得られず、その旨を検察官Aにも話したこと、本件準抗告決定により既に接見交通権の侵害があると裁判所により判断されていること、翌日が日曜日のため更に執務時間外が続くこと、接見申し出時刻が、執務時間終了後さほど経過していないこと等に鑑みれば、右接見申し出が執務時間外であつたからといつて、それのみを理由に接見を拒否すべきでない特段の事情が存すると認められる。したがつて、これのみを理由に接見指定権を行使することはできない。そして、被疑者甲野については、現に取調べもなく、留置場に在監していたことは前記認定のとおりであるから、同被疑者に対する指定は、その要件を欠き、違法というべきである。一方被疑者乙野については、検察官Aが接見時間を一〇分間に制限した時点では、原告が未だ同被疑者の弁護人となろうとする者であつたとの主張がないことは前記一認定のとおりであるから、その後原告が同被疑者からの依頼により弁護人となろうとする者となつて後に一〇分間での接見の切り上げを余儀なくされたからといつて、この点に検察官Aの違法行為が存するとはいえない。

(6) 二八日の接見拒否

原告は、検察官Aが二八日指定要件がないにもかかわらず接見を拒否して一方的指定をなし、その際、接見時間を著しく制限したうえ、原告に対し具体的指定書の受取り、持参を求めたことは違法である旨主張する。

そこで検討するに、一般的指定の取消後に具体的指定書の受取り、持参を求めることが違法であると解されることは前判示のとおりである。また、原告がその受領に出掛けたのは、二六日の接見申し出の際、検察官Aに同日の接見と引き換えに今後の具体的指定書受取りの約束をさせられたからであると認められることは前記二、7、(六)認定のとおりであるから、その受取りは任意になされたものとはいえず、この点をもつて検察官の具体的指定書受取要求の違法性が阻却されるということはできない。更に、二八日の原告の接見申し出時刻は明らかではないが、仮に同日接見申し出時以降執務時間終了時刻まで終日取調中であつたとしても、検察官Aとしては、できるだけ早期に、すなわち二九日の取調開始の前には接見を認める必要があり、これを三〇日午後一時まで認めなかつた措置も違法というべきである。そして、被疑者甲野については、取調べのため留置場を出ていたところ、その時間の途中に接見させたものであるから、接見時間を二〇分間と制限したことについては、一応の合理性を認めることができるので、適法な措置と判断しうるが、被疑者乙野については、午後二時四六分までは取調べ等がなされなかつたのであるから、接見時間を二〇分間に制限することについても合理性が認められず、この点でも違法であると解するのが相当である。

(7) 一二月三日の接見拒否

原告は、検察官Aが一二月三日、いずれも指定要件がないにもかかわらず、接見を拒否して一方的に指定をなし、その際、接見時間を著しく制限したうえ、原告に対し具体的指定書の受取り、持参を求めた点において違法である旨主張する。

そこで検討するに、一般的指定の取消後に具体的指定書の受取り、持参を求めることが違法であると解されることは前判示のとおりであり、原告が具体的指定書の受取りに検察庁に赴いたのは、任意になされたものとはいえないから、この点をもつて検察官Aの具体的指定書受取要求の違法性を阻却することができないことも前判示と同様である。また、一二月三日の原告の接見申し出時刻は明らかではないが、同日の被疑者乙野との接見が午前一〇時五二分に開始されていることは前記二、11、(三)認定のとおりであるから、当然その接見の申し出はそれ以前と推認しうるところ、終日被疑者両名とも取調べもなく在監中であつたと認められることはすでに認定のとおりであるから、被疑者両名について、接見指定の要件はなく、また、接見時間を各一五分間に制限した行為も合理性がなく、違法であるというべきである。

(六)  以上の次第で、二一日、二二日、二五日、二六日、二八日及び一二月三日に具体的指定権の行使に関して検察官Aがとつた措置のなかには、違法な接見交通権の侵害行為があつたものということができる。

四違法性について

被告は、国家賠償法一条一項にいう違法とは、究極的には他人に損害を加えることが法の許容するところであるかどうかという見地からする行為規範性であるから、単に当該行為が法に違背するというだけでは足りず、国又は公共団体に損害賠償義務を負担せしめるだけの実質的な理由がなければならないところ、検察官に委ねられた接見指定権の行使については、原則としてその誤りは刑事訴訟法上の準抗告手続によつて救済されれば足りるのであつて、それを超えて国家賠償法による救済が認められるためには、接見指定権の行使が、その目的、範囲を著しく逸脱し、または甚だしく不当として刑事訴訟法上の権利の濫用があると認められる場合など、当該刑事手続それ自体に重大な瑕疵があつて、到底法が許容しない行為があると評価される場合であることが必要である旨主張する。

そこで検討するに、国家賠償法一条一項にいう違法が、処分ないし法的行為の効力発生要件に関する違法とは性質を異にするものであつて、その意味では、他人に損害を加えることが法の許容するところであるかどうかという見地からする行為規範性であることは被告主張のとおりである。したがつて、例えば根拠法令には違反して違法であるにもかかわらず、国家賠償法上では違法と判断されない場合も当然ありうるところである。しかしながら、接見指定権の行使の要件を定める刑事訴訟法三九条三項は、本来は自由であるべき弁護人等の接見交通権に捜査機関がいかなる場合に制限を加えうるかを定めた規定であるところ、刑事訴訟法三九条三項の違法性は、本件で主張されている国家賠償法一条一項の違法性と、関係当事者の点においても、被侵害法益の点でも共通であつて、弁護人等の接見交通権はいかなる範囲で捜査権による制限を受忍しなければならないかという判断の基礎においても共通であることを考えると、刑事訴訟法三九条三項は、前判示の行為規範を定めたものと解するのが相当である。したがつて、刑事訴訟法三九条三項の関係において違法と判断された以上、国家賠償法一条一項の関係においても、その接見交通権の侵害は法の許容しないところであるというべきである。刑事訴訟法上準抗告の手続きが認められているからといつて、その事後的判断によつて、既に生じた接見交通権の侵害による損害の填補が図られるわけではないから、かかる損害の救済について、準抗告手続をもつて足りるということはできず、これを理由に違法事由を限定して解すべきであるとの被告の主張は、採用することができない。また、与えられた権限を逸脱した行為の違法性判断について、被告が主張するような限定を加えて解釈することは必ずしも妥当ではない。

五検察官Aの故意、過失について

1  法令の解釈、適用の誤りについての過失について

ある事項に関する法律解釈につき異なる見解が対立し、実務上の取扱いも分かれていて、そのいずれについても相当の根拠が認められる場合に、公務員がその一方の見解を正当と解し、これに立脚して公務を執行したときは、後にその執行が違法と判断されたからといつて、直ちに右公務員に過失があつたものとすることは相当でない(最高裁判所昭和四六年六月二四日第一小法廷判決参照)。そこで、以下には、検察官Aの前記認定の違法行為が、この点において故意過失を阻却することがあるか否かにつき検討する。

(一)  取消決定後の一般的指定状態の継続について

<証拠>によれば、一般的指定取消決定の効力については、(1) 一般的指定の取消決定がなされれば、接見自由の原則に立ち返り、捜査機関が一時的制限としての本来の接見指定をしない限り、弁護人は自由に接見しうることになるとするもの、(2) 既に被疑者の防禦権の不当な制限があるとされたのであるから、捜査機関としては、直ちに、少なくとも防禦権の確保に必要な最小限度の接見交通をさせなければならないとするもの、(3) 取消決定の後でも接見指定権が円滑かつ確実に行使されるための措置は必要であるから、捜査機関の接見指定権の行使にはなんら影響しないとするもの等様々な見解が対立していたこと、捜査機関の実務上の取扱いも、一般的指定の取消しがなされても、その取消前となんら変らない扱いを要求した本件と同様の事例と、全く自由に接見を許した事例とがそれぞれ存したこと、下級審において、検察官は取消決定の効果として、それにより取り消された処分と同趣旨の処分を行うことはできないと判示して、一般的指定の取消後に一般的指定状態を継続した検察官の措置を処分として取り消した決定例が存するけれども、これについては確定した最高裁判所の判例等も見当らなかつたことがそれぞれ認められる。したがつて、一般的指定取消決定の効力に関しては、その法律解釈に異なる見解が対立し、実務上の取扱いも分かれ、いずれについても相当の根拠が認められる場合であつて、そのいずれが確立した見解ともいえないから、検察官Aがその一方の見解に立脚して、一般的指定の取消決定後にもなおその状態を継続しようとしたことには、故意過失があつたものとはいえないと解するのが相当である。

(二)  捜査の必要性について

<証拠>によれば、刑事訴訟法三九条三項の「捜査のための必要」については、被疑者を現に取調中であるとか、検証、実況見分に立ち会わせているときあるいはこれを行う準備をしているときといつた、いわば身柄を使つて捜査機関が捜査を行いあるいは行おうとしているときに限るとするいわゆる限定説と、罪証隠滅の虞れをも含むとするいわゆる全般的捜査必要説とが大きく対立し、種々の議論がなされていたところ、前掲最高裁判所昭和五三年七月一〇日第一小法廷判決が、「捜査機関は、弁護人等から被疑者との接見の申出があつたときは、原則として何時でも接見の機会を与えなければならないのであり、現に被疑者を取調中であるとか、実況見分、検証等に立ち会わせる必要がある等捜査の中断による支障が顕著な場合には、弁護人等と協議してできる限り速やかな接見のための日時等を指定し、被疑者が防禦のため弁護人等と打ち合わせることのできるような措置をとるべきである。」と判示し、その後の下級審判決のうち本件資料にあらわれたもののいずれもが、この最高裁判所の判断に沿つた判断を示していることが認められる。右最高裁判所判決の存在、その判示方法、裁判ないし捜査実務において最高裁判所判決の有する意味、その後の下級審判決の動向等に照らせば、右判断は、実務において確定した判断になつたものと解されるから、捜査実務に携わる者としては、右判断において示された見解に従つて接見指定権を行使する義務があると認めるのが相当である。そこで、右最高裁判所判決の解釈について検討するに、右判決が前記認定のような両説の対立の中でなされたものであること、捜査の中断による支障が顕著な場合の例示として限定説の内容に沿う事柄を列挙していること等を考えると、捜査の中断による支障が顕著な場合とは、身柄を現に使用して取調べがなされている場合及びこれに準じる場合を指すと考えるのが相当であり、少なくとも捜査全般説のいうような一般的罪証隠滅の虞れは除外する趣旨であると解すべきである。証人Aの証言及び弁論の全趣旨によれば、いまなお一部の学説には捜査全般説をとるものがあり、捜査機関はこの見解によつて実務を運用していることが認められるけれども、右最高裁判所の判断が示されたもとでは、捜査全般説をとることに実務上相当の根拠が存するとは認められないと解するのが相当であるから、捜査全般説に従つて接見指定をなした検察官Aには、少くとも過失があつたというべきである。そして、右最高裁判所判決によつて、検察官が接見指定権を行使する際には、弁護人等と協議してできる限り速やかな接見のための日時等を指定すべきであるとの点も確定した見解となつたものと解されるから、これに反するときは故意過失が認められると解するのが相当である。

(三)  具体的指定書の受取り、持参要求について

捜査機関が接見指定権を行使するに際し、接見指定の要件がないにもかかわらず、弁護人等に対し、具体的指定書の受取り、持参を要求することは、これを相当とする合理的な根拠が認められないから、少くとも過失が存するといえる。

一方、接見指定の要件がある場合、弁護人等に対し、具体的指定書の受取り、持参を要求できるかに関して、証人Aの証言及び弁論の全趣旨によれば、接見指定権行使にあたつての具体的指定書の受取り、持参要求については、違法説、原則違法説、原則適法説の対立があり、裁判所もこれを原則適法とする決定例と原則違法とする決定例とが存し、検察実務ではこれを原則適法であると考えて実務を運用していたことが認められる。そして、これらについては、法律解釈につき異なる見解が対立し、実務上の取扱いも分かれていて、そのいずれについても相当の根拠が認められる場合であるといえるから、本件において、検察官Aが、接見指定権の行使に際し、弁護人らに対し、具体的指定書の受取り、持参を要求するについて、右の一方の見解に立脚して公務を執行しても、故意過失があつたものとはいえないというべきである。

(四)  そうすると、検察官Aの前記認定の違法行為のうち、被疑者甲野に関し、二一日指定要件がないにもかかわらず指定を行い、具体的指定の受取りを原告に求めた点、二二日指定要件がないにもかかわらず指定を行つた点、二五日接見を拒否しながら別の日を指定しなかつた点及び二六日指定要件がないにもかかわらず指定を行い、具体的指定書の受取りを被疑者両名に求めた点について、また、被疑者両名に関し、二八日及び一二月三日それぞれ指定要件がないにもかかわらず指定を行い、具体的指定書の受取りを原告に求めた点について、いずれも検察官Aには、少くとも過失があつたものと認められる。

2  上司の指導、教育との関係について

証人Aの証言によれば、検察官Aの右措置は、いずれも上司の指導、教育にしたがつてなされたものであることが認められる。しかしながら、検察官はいわゆる独任官であつて、接見指定権行使の基準について上司の指導、教育がなされても、なお独自の判断で当該接見指定権を行使するか否かを判断できる立場にあるものと解されるから、この点から検察官Aの故意過失が阻却されるとすることはできない。

六損害について

原告本人尋問の結果によれば、弁護士である原告は、検察官Aの右一連の不法行為により前記認定のとおり、接見交通権を侵害されたほか、接見交通権行使に際し、本来予定されている協議を超えた議論や準抗告の申立て等の労力の負担を余儀なくされ、依頼者やその関係者への説明にも窮するなどして、著しい精神的損害を被つたことが認められる。これに前判示の接見交通権の重要性を合わせ考え、一方検察官Aの行為中には、すでに認定のとおり、適法な点も含まれていること等を考慮すると、原告の精神的苦痛を慰謝するには、金六〇万円をもつてするのが相当であると認める。なお、原告は右慰謝料に対する二七日以降の遅延損害金の支払いを求めるけれども、前記三、4、(五)認定のとおり、本件一連の不法行為が終了した日は一二月三日であるから、同日以降支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。

七以上の次第で、原告の本訴請求は、慰謝料金六〇万円及びこれに対する本件不法行為終了の日である昭和五八年一二月三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮報行の宣言及びその免脱の宣言につき同法一九六条一項及び三項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官塩谷雄 裁判官北澤晶及び同秋吉仁美は、転補につき署名捺印することができない。 裁判長裁判官塩谷雄)

別紙訴訟代理人目録<省略>

別紙別表<省略>

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